日本伝統の「結(ゆい)」のつながりを藁ぶき古民家の甦生を通して広めたい

日本伝統の「結(ゆい)」のつながりを藁ぶき古民家の甦生を通して広めたい

自然に学び、人と人とが織りなしてきた文化とともに、情報社会との共存を目指す

アジアのシリコンバレー、福岡県飯塚市福岡県の中心地に位置する飯塚市は、かつて筑豊炭田で栄えた街でした。しかし、それも1950年代後半からのエネルギー革命により、次第に規模は縮小され、炭鉱閉山が余儀なくされたという歴史があります。それに伴い、人口減少や、経済的な衰退の問題が発生しましたが、それを乗り越えるべくスタートしたのが、IT技術による街の活性化計画でした。2002年当時、まだまだ勃興期にあるITは、現在のように繁栄はしていませんでした。しかし、福岡を中心に活動してきた若者や、多くの企業がITに希望の光を見出し、ITの力で飯塚から世界へ技術革新を起こそうとしました。その熱はいつしか国を動かし、2003年、政府の構造改革特区の第一弾として「飯塚アジアIT特区」の認定を受け、ICT事業において、海外から技術者を受け入れる取り組みが加速していきました。そして2013年には、アメリカ・シリコンバレーのサニーベール市との友好交流関係協定を締結し、2016年には姉妹都市協定を結び、毎年交換留学が行われています。こうして、都市としての危機を乗り越えた飯塚市は、まさにアジアのシリコンバレーとして知られることとなったのです。そしていま、新たな動きとして、民間企業と飯塚市とがタッグを組み、「ブロックチェーン × 暮らし」を軸とした“飯塚ブロックチェーンストリート構想”を開始しました。石炭掘りから、IT掘りへランドマイニングから、データマイニングへ2002年、私もまた飯塚をアジアのシリコンバレーとすべく、立ち上がった若者の一人でした。しかし、20年前はまだまだ東京と地方とでは情報格差があった時代。最新の情報を取り入れるために、東京へ移住しました。その後、コンサルティングやIT業界での経験を積んだのち、株式会社カグヤの代表として、ITを通じた保育環境のコンサルティングを務めてきました。2016年、私は故郷へ恩返しをするため、再び飯塚へ戻ることを決意しました。私は、日本人の暮らしの中にこそ本物の文化があると思っています。厳しい自然環境や、激しく変化する歴史の中で、豊かに生きるための智慧を絞り、受け継がれてきたものは、その地域の文化として必ず残っているのです。飯塚には、先祖たちが深く愛した故郷の美しい暮らしや風景が残っています。私はそれを絶やすことなく、子孫たちにつないでいきたいと願ってきました。そして、それを実現するための手段として、ブロックチェーンという技術があると思っています。ブロックチェーンとは、お金や情報を一箇所に集中させるのではなく分散させ、取引の始まりから終わりまで、その内容が99.9%改ざんされることなく記録される仕組みです。仮想通貨の分野ではよく耳にするかと思いますが、実は暮らしにも応用できる画期的な技術なのです。例えば、自然界の様々なエネルギーを分散させながら活用したり、食の安全を見守ったり、災害時に遅延することなく速やかに必要な情報が行き渡るなど、様々な面で私たちの生活を支えてくれる力を持っています。そこで私は、株式会社chaintope、および株式会社ハウインターナショナルの正田 英樹(しょうだ ひでき)さんや田中 貴規(たなか たかのり)さんたちとともに、2019年、「飯塚ブロックチェーンストリート構想」をスタート。最先端のブロックチェーンの情報に触れて学べる環境を生み出し、将来的には飯塚が世界最先端のブロックチェーンの情報と技術の集積地となることを目指しています。私たちの構想には、友人でもある故・高橋 剛(たかはし ごう)さんの想いも込められています。彼はかつて「飯塚をアジアのシリコンバレーにする!」という想いで、お金も周囲からの理解もない中、ITで地元を盛り上げると信じてひた走った人物でした。当時、日本ではまだまだお金にならない技術だったブロックチェーンですが、彼は社会を豊かにすると同時に、人とのつながりを豊かにできる可能性を信じ、その道を歩み続けていました。そんな高橋さんの想いや、飯塚で暮らす人々の想いを大切に、人々が心穏やかに、健康で安心した環境で過ごせるような街づくりに私たちは挑んでいます。古民家の甦生で、人の縁を紡ぐ「聴福庵」でのひととき2016年に遡りますが、私は飯塚にある古民家を購入しました。NHK連続テレビ小説『花子とアン』でも登場した炭鉱王の豪邸・旧伊藤伝右衛門邸の向かいにある、木造2階建ての古民家を、日本の伝統的な暮らしとともに甦生させ、「聴福庵(ききふくあん)」と名付けました。聴福庵は、2019年に始まる「飯塚ブロックチェーンストリート構想」の出発点となっています。現在、ブロックチェーンストリート構想の実現に伴い、古民家の甦生を通じ、人と人との縁を紡ぐための活動を行っています。そしていま、進めようとしているのが、築150年以上の歴史を持つ、藁ぶきの古民家の甦生です。かつて、人は生活を営むにあたり、共同体の協力関係のもと、暮らしを支え合ってきました。例えば、古民家の藁ぶきの屋根に使われる藁は、飼料や肥料の他にも、人が暮らす屋根の材料として生まれ変わり、昔から生活になじんできたものでした。もともと藁ぶき屋根は、その家に住む家族だけでふき直すのではなく、地域の方や親戚が全員で協力して初めて成し遂げられる一大イベントでした。自分だけの都合を考えるのではなく、人と人とが助け合い、地域全体で支え合いながら、ともに時代を生き抜いてきたのです。それは、日本で根付いてきた「徳」という思想がもたらす文化そのもの。しかし、現在では藁ぶき屋根の家は観光地に行かないと見ることができないくらい数少なくなってしまいました。藁は害虫を発生しにくくし、温度を適度に保たせる効果がある一方で、火災に弱く、維持に手間も人手もかかるため仕方がないことかもしれません。便利に、快適に過ごすための住宅が増えていくのと同時に、資本主義経済や個人主義によって、次第に人とのつながりは希薄になっていきました。特に現在はコロナ禍もあり、一層人々のつながりが薄れ、さらなる分断が進んでいます。私は、先行き不透明な時代だからこそ、もう一度先人たちの智慧にならい、その仕組みを再生させ、新しい時代に相応しい揺るぎない絆を結び直したいと心から願っています。人は決して一人では生きられません。何かを為すには必ず誰かの支えが必要であり、私もまた、誰かを支える人間でありたい。自宅でも勤務地でもない、第三となる場所を設け、人がつながり合える場所が必要です。そこで、日本の伝統的な文化・価値と、ブロックチェーンの最先端技術を融合させ、「古民家 × ブロックチェーン」という、新たな支え合いの仕組みを実現しようと考えました。そしてそのためには、「結友(ゆいとも)」を築くことが不可欠だと思っています。「結(ゆい)」とは藁ぶき屋根改修時の作業風景「結」とは、人々が田植えや稲刈りなど、お互いの仕事を補い合い、生活の営みを維持していくために形成された、支え合いのコミュニティです。この「結」の考えは、日本古来の携行食「おむすび(お結び)」にも宿っているのではないかと考えています。「おむすび」の「結び」の部分には、米作りを通じ、日本人が築き上げてきたコミュニティづくりの哲学があるのではないでしょうか。おむすびは、ごはんがつぶれることなく、お互いが引っ付き合っていますが、ここには、お互いの個性や距離感をつぶすことなく思いやり、関係性を築き上げるという、日本人ならではの大切な想いが込められている――「結」は人と人のつながりなのです。私の使命は、古民家を甦生すると同時に「結」をむすび直し、お互いに支え合うための仲間「結友(ゆいとも)」を築くこと。みんなで協力し合いながら古民家を甦生し、支え合いながら暮らすことは、誰もが持っている「原風景」と再び出会うことにもなります。原風景とは、心にある懐かしい暮らしの記憶です。秋、故郷の山笑う色彩を眺めては友達と一緒に山へ遊びに行ったことや、きらめく川に入って水遊びをしたこと……その時の空気や風や水、光などを思い出した時、懐かしいものに触れ、故郷の原風景を味わうものです。原風景は昔からあるものであり、伝承されてきた暮らしの智慧や、思い出などを指しているように思います。もっと深く掘り下げると、それは心の風景でもあり、心の原体験というものなのです。藁ぶきの古民家を甦生させることは、懐かしい心の故郷へ帰ることでもあるのではないでしょうか。子どもを見守り、育てる「結」を通じて実現したいことが、もう一つあります。それは「保育」です。日本では、まるで訓練のように子どもたちを指導し、列からはみ出さないような教育が行われます。しかし、それでは言われたことのみしかできず、自分で考え、行動に移すことができない大人に育つ可能性があります。そこで、かつて日本の伝統的な保育として寺子屋でも取り入れられていた「見守る保育」を「結」により実現したいと思っています。「見守る保育」とは、大人は極力教えずに見守り、発達できる環境を用意し、子ども同士が教え合うというものです。大人が子どもたちの道を照らす役に専念することで、子どもたちは自発性を養い、考える力を豊かにすることができます。私たち大人は、先人たちがそうしてきたように、子どもたちのために、子どもが憧れるような生き方を示していく義務があります。それは日本文化の素晴らしさを改めて考え、風土と一体になり「結」を通して、懐かしい未来を譲り遺していく中にこそあるのではないでしょうか。一緒に支え合い、生きていくための智慧を甦生させることで、子どもたちが安心できる居場所をつくれると考えています。「結」を通じた活動を知って欲しい最終的な目標としては、古民家を再生させ、古民家を利用してもらいたいと考えています。ゆったりとした時間の中で心を和らげ、発想力を向上できるよう、古民家をコワーキングスペースとして利用してもらったり、宿泊施設として活用してもらうのです。しかし、まずは「結」を通じた活動を皆さんに知っていただくべく、活動を広げるためのパンフレットを制作したいと考えています。すでに、飯塚市からも市の政策として取り入れられることが決まっています。この、藁ぶき屋根の古民家を改修するプロジェクトは、昔ながらの「結」のつながりをつくるだけではなく、地元の方が集まって憩う場、移住者の住まいやエンジニアの拠点としての役割を担っていく、未来に続くプロジェクトでもあります。私たちの活動は、人から人へ広がり、まるでブロックチェーンのように結びつき、「結」としてのきっかけづくりや、人材の育成、古民家の再生と保護、日本のより良い文化の甦生――そして飯塚が発展していくことすべてにつながっていくのだと思います。新型コロナウイルス感染を防ぐために、物理的に人と会わないことは理解ができます。しかし、人とのつながり自体が失われてはなりません。このプロジェクトを通し、地域の方々はもちろんですが、世界へ向けて私たちの志に共感・賛同する方々の輪を広め、「結」の生き方を一緒に実践する仲間を集めたいと考えています。この物語を読み、「結友」の一員としてプロジェクトに参加したいと思っていただけたなら、ぜひつながり合いましょう!『SPIN』のプロジェクトページはこちら■ メンタープロフィール野見山 広明(のみやま ひろあき)株式会社カグヤ 代表取締役社長。また、一般財団法人徳積財団にて、徳積活動に共感する人たちが集まる場、徳積堂を運営。ブロックチェーンを活用した地域共生圏の創造、および藁ぶきの古民家の再生などを手掛けています。その他にも耕作放棄地や休耕田などを活用し、開疎の支援をし地域を守る後継者の育成や文化の伝承を行っています。