Chim↑Pomと出会う
Chim↑Pom初個展へChim↑Pomの作品に出会ったのは2006年で間違いない。彼らの初個展「スーパー☆ラット」無人島プロダクションが開催された年だからだ。当時の無人島プロダクションは高円寺のガードしたの向かいの極小木造建築の2階にあった。iPhoneが日本で発売されるのが2010年だから、おそらく上京に際して父・花房香(S-HOUSE Museum館長)から買ってもらったポケット地図を見ながら向かったのだろう。あるいは、自宅のLet's Note(ぼくが通っていた慶應義塾大学SFCの共同購入PCがぼくの代にThinkPadから変更された)で検索した地図を印刷して持っていたかもしれない。そこに何が展示されていたか、どのように展示されていたか記憶が定かではない。ただ、次の時代はこの人たちが作るのだという事実がそこにあった。その手触りはよく覚えている。それは私が信じたものでも、誰かが評価したものでもなく、ただ「事実」としてあった。それから数年の間、ぼくはChim↑Pomが出演するイベントにはほとんど顔を出していると思う。とはいえ、注目度が高かっただけで、彼らの美術界での評価は全く上がらなかった。だから、イベントでは毎回手を挙げて質問して、イベント後のおしゃべりや飲み会では、Chim↑Pomがどれだけすごいのかを覚えたてのジャーゴンとツバを振りまきながらメンバーに話した。そんなぼくを面白がってくれたメンバーもいたし、煙たがったメンバーもいた。前者が林くん、岡田くん、稲岡くん。後者が卯城くん、エリイちゃん。水野くんは何を考えていたのか分からない。卯城くん、エリイちゃん以外のメンバーを集めて「Chim↑Pomの◯◯じゃないほうトーク」なんていうイベントを開催して、ぜんぜん人が集まらなかったときには、卯城くんにちょっと注意されたような気がする。あれはほんとはおもしろかったんだけど、、、やるからには人は集めなきゃいけない。反省。Chim↑Pomの◯◯じゃないほうトーーク @ Ogikubo Velvetsun 1.MAY.2010スーパー☆ラット「スーパー☆ラット」での展示風景は撮影していない。当時、一応デジカメは持っていたけれど、ぼくは自分が撮影した写真がすきじゃなかったし(いまではフィルムカメラも持っている)、展示風景は身体で記憶するものだというくらいの考えだった。このテキストはそれが間違いであったことの証明にもなっている。記録は大切だ。展示風景は記憶にないものの、どのような作品が展示されていたかはだいたい把握できる。まず「スーパーラット」。この作品は、森美術館で現在開催中の「HAPPY SPRING」展でも問題となり、結果的に別会場で展示されている。もちろん、当時も問題になった。某ゲーム会社から書状が届いたのだ。この実物は2015年の「耐え難きを耐え↑忍びがたきを忍ぶ」Garter Galleryで見ることができた。エリゲロその他の作品は主に映像だったはずだ。当時は映像を作品として販売することがほとんど不可能と言われていた時期で、彼らはDVDを販売していた。わたしの手元にあるのはそのDVD作品《P.T.A.》だ。Parentes and Teachers Associationではなく、Pink Touch Action。中でも有名なのが、彼らが初めて作成した作品《エリゲロ》である。この映像の中で、エリイちゃんがピンクの液体をバケツから飲む。そして、画面の外にいるChim↑Pomメンバーが「コール」をかけてエリイちゃんがピンクのゲロを吐く。何もかもが「ひっくり返って」いる。ピンクは女の子の色だ。男の子は青。ピンクを外部に纏うことで、他者から見られる存在へと昇華し、自己を防御しつつ晒す。ピンクは女性の搾取を象徴する色であり、抵抗の色にもなりえる。しかし、そのピンクをエリイちゃんは内部に取り込む。他者からの視線に晒されることで初めて機能していた色を、つまり、光のスペクトルを一旦遮断する。そして、コールの元にもう一度、自らの意志で外部に吐き出す。吐き出されたピンクは、すでにエリイちゃんではない。エリゲロはピンクを自らの手に、身体に奪還すると同時に、すぐに反転してピンクを解放する。そこに何もないこと。そして、何も持たない者たちの「青いコール」は去勢の快感だろう。きっと、こんなにシンプルに説明できていなかったと思う。当時はもっとジャーゴンだらけの言葉でメンバーに語っていただろう。それでも、今まで付き合ってくれているので、彼らには頭が上がらない。ぼくはエリイちゃんと同学年だから、Chim↑Pomは全体的に先輩という感覚だ。ちょうど高1のときの高3の先輩みたいで一番怖い存在だ。同時に、憧れも強い。メンバーはみんなぼくに厳しいと思うけど、それ以上に優しすぎるとも思う。ありがたいようで、申し訳なくて、大好きだ。《P.T.A.》《P.T.A.》はもう手に入らないようなので、収録されている作品を振り返って、今日は終わりにしたい。まず、どこかのデパート(DVDを見れば明らかだが、問題がありそうなので伏せる)で迷子のアナウンスをする。「ミス・チン・ポムさまぁ〜」と間の抜けた内容が、デパートの従業員の美しい発音で流れる。DVDの最後にはさらに問題のある内容をアナウンスしてしまう。ここではその内容は書かないでおく。書いてもよいのだが、あまりに時代が違いすぎる。当時は大笑いしたが、今はやりすぎなので笑えない内容である。つまり、Chim↑Pomは「アウト!」なアーティストだった。いや、ぼくはいつまでも「セーフ」だと思っているけれど。次に《てぃんさぐの花》。これは今でもファンが多い作品だ。水野くんが沖縄民謡「てぃんさぐぬ花」に合わせて、自らの性器をストローを使って膨らませる。性器には手描きの顔が描かれている。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、それだけの作品。Chim↑Pomがぼくの過激な評価を当時から嫌っていた理由は、この作品を見れば明らかだろう。明らかに言葉を拒絶している。褒られることも貶されることも拒絶する。ただ、それだけ。そういう「事実」に向き合うことができるアーティストはとても少ない。そういう「事実」に向き合うことができる鑑賞者はもっと少ない。そういう「事実」に向き合うことができる市民は、もっともっと少ない。続いて《BRUTUS》。美術大学を目指していた稲岡くんがメインの作品だ。走り屋でもあった稲岡くんがヘルメットでブルータスの石膏像をぶっ壊す作品。さらに《Love×2 Fire!! No, 001》。会田誠さんの東京藝術大学の授業で稲岡くんがある女生徒に告白する。だけ。結果がどうなったのか分からないが、不意に感動してしまう。そして、感動してしまった自分がちょっと情けなくなる。白眉は《I'm sorry USA》。ブルックリン・ブリッジかゴールデンゲー・トブリッジか。アメリカの巨大な吊橋で水着姿のエリイちゃんがアメリカの旗を降る。通りすがりの通行者や運転手たちはノリノリだ。ところが、警察登場。本当に逮捕されてしまう。こうなったらひたすら謝るしかない。I'm sorry USA. 別にアメリカ合衆国全体に謝る必要はないのだが。。。そして、留置所でピカチュウの格好をしたエリイちゃんが笑顔で登場。もちろん間には鉄柵が。We are Super Rat! どんな毒薬にも負けない都会の寄生生物。ぼくらの合言葉はI'm sorry USA. そうやってこの世界をサバイブするんだ。各作品の間には、新聞社の超大物の自宅前でふざける映像や炎に包まれて踊る映像、さらにボーナストラックとしてNADiffで会田誠さんとエリイちゃんがパラパラを踊る映像も収録されている。機会があればぜひご覧いただきたい。やっぱり最初の作品にはすべてが含まれている。P.T.A.を見返しながらそう思った。※Chim↑Pomについては多くの書籍から知ることができるのでいくつか挙げておくエリイ『はい、こんにちは』2022年、新潮社エリイちゃんの雑誌・新潮連載をまとめた新著。エリイちゃんの人となりが文体から伝わってくる。きっとエリイちゃんはChim↑Pomのミューズではなく、本当にアートのミューズ、文字通りのMuse(Museum, Musicなどの語源でアポロンに仕える神)なんだと思う。美術手帖 2022年 04月号森美術館での個展「HAPPY SPRING」に際して発売されたChim↑Pom特集号。最近のChim↑Pom自身のインタビューも豊富でChim↑Pom初心者にも優しい。We Don't Know God: Chim↑Pom 2005–2019 いくつか出版されている作品集のなかで、もっとも充実した内容となっている。クラウドファンディングサービスSPINにて実施中のプロジェクトはこちらから